« 91年目の新疆大学で-所有資料の移管と連続講義(3) | Main | 91年目の新疆大学で-所有資料の移管と連続講義(5) »

91年目の新疆大学で-所有資料の移管と連続講義(4)

「南疆伝統社会文書資料:その概要と学術価値」(日本語訳)

※ややルースに、若干の加筆と訂正をしつつ訳しています。


20140919c
(央視網より。講義風景)

まず本日この場で、尊敬すべき皆さんの前で私の専門に係るこのような報告をいたす機会をお与えくださったことに心から感謝申し上げます。今回、私の手にあった文書資料が、新疆で最も古く、そしてもっとも大きな高等教育機関である、この新疆大学に落ち着きどころを得たことは、私のこの上ない喜びとするところです。今般このことの実現に、また本日のことごと一切を手配してくれた新疆大学の友人たち、そして全ての皆さんに、いまいちど大きな感謝を申し述べたく思います。皆さん、本当にありがとうございました。

本日、ここでお話しする私の報告の内容は次の通りです。

最初に文書資料、とりわけカーディ印章のある文書というものは何なのか、という問題があります。この学校に寄贈することとなった文書資料の書誌研究上の位置づけについてお話します。さらに今般寄贈することとなった文書コレクションの概要につきご紹介します。

つぎに、この文書資料なるものは、いかなる面で価値があるのか?いったい、文書資料などというのは、どんな点で重要な資料と言うことができるのか?というような文書資料の学術的価値につきましてお話します。

第一の問い:文書資料とは何か?

さて、まず文書資料の書写文献のなかでの位置につき述べてみましょう。

文書資料、わけてもその中でも主要な位置を占めるカーディ印章入りの文書を、その外観からご説明いたしますと、基本的に伝統的な桑紙、すなわち伝統工芸品のひとつであるホタン紙が用いられた、ばらばらの(1枚紙の)形状の書写資料と言うことができるでしょう。

解放前、伝統社会におきましては、人々がさまざまな形でたがいに交渉するなか取り結んだ約束事は、文字を介して取り結ばれたものの大部分では、カーディが一定の役割を担っておりました。家屋や土地の売買、債務、相続、委任、請け負い、そして係争など、さまざまな社会活動において(補、文字化された契約をとりむすぶ際には-)人々の間には、必ずカーディが介在し、契約書にカーディの印章を捺印していたのでした。カーディの印章入りの諸文書は、伝統的な社会生活のなか生み出された重要な書写資料なのです。

この文書資料で使用された言語につきましては、基本的に現代ウイグル語が策定される以前に南新疆のみならず、全中央ユーラシアで広範囲に用いられていた文章語であるチャガタイ語が用いられておりました。しかし18世紀に書かれた古文書、あるいは新しい文書でも、たとえばファトワー文書などには、数は限られますがペルシャ語で書かれたものがございます。

また、これら文書の作成年代につきましては、最も古いものは18世紀に書かれた物もあり、新しいものは1960年代までカヴァーしております。しかし大半は1880年代から1950年代初めまでの、いわゆる「新疆省」の時代に属するものが最大のプロポーションを持っております。こうした年代の分布は、たとえば新疆社会科学院の文書カタログ記載文書などとも同様の傾向であると言えるでしょう。
Table01_2

今回(新疆大学に)寄贈することとなった文書の総数は788点であり、その大半がカーディ印章入りの文書です。この788点のほか、さらに300点ほどの文書があります。それらは(補、私個人のものではなく)研究プロジェクトの活動のなか購入し、現在はウルムチの個人の管理下にあるものでして、それらも遠からず新疆大学に移管されることでしょう。そうなりますと、文書の総数は1100点ほどになります。

この文書の多くは10数年前にカシュガルのバザールで購入したもので、今日まで私はこの諸文書を「カシュガル文書(Kashghar Documents)」と呼んでまいりました。しかしながら、実際には、この文書の半分以上はカシュガル地区、とくにカシュガル市と疏附県で作成使用されたもので、残り半分はホタン地区、とくにカラ・カシュ(墨玉県)で取り結ばれたものなのです。したがいまして、たぶんこの文書コレクションに新しい名前をつけるのであれば、「カシュガル文書」は不適切かもしれません※。

(※注、文書移管の契約締結式では、契約相手のAblikim先生より「菅原コレクション(Sugawara Collection)」なるたいそうなお名前が提示された。しかし実際どう呼ばれるかはまだ分からない。菅原コレクションは、ちょっと偉すぎて「こそばゆい」感じがする。)

文書の種別につきましては、なお研究すべき余地が残されております。暫定的には次にあげるようになります。
Proportion_2

まず第一に大きいカテゴリーは「不動産関連文書」です。
これは不動産売却、不動産贈与、不動産貸し付け、不動産交換、などからなります。さらにワクフ関連文書も多くは不動産に関係しておりますから、ワクフを加えますと不動産関連の文書数はさらに多くなります。このような不動産取引の文書のプロポーションの大きさは、ほぼ世界的に共通した傾向では無いかと思われ、たとえばアラブ・ペルシャ語世界、中国内地などは同様の傾向があるようです。

第二の大きな分類は「係争関連文書」です。
この種の文書は提訴、ファトワー、判決、示談(和解)などからなっております。これらの文書は近代の南疆ウイグル伝統社会において、いかなる事件が発生していたかを知る上で便利な資料と言えるでしょう。提訴文書は実際に人々がどんな困りごとに直面していたかを、さらにファトワー他の文書は、人々がいかにそれを乗り越えていったかを教えてくれるでしょう。

さらに「相続文書」。概ねこの種の文書は、そのサイズが他の種類の文書より大きくなる傾向があります。この種の文書においては、遺産を遺贈する人物が、その贈与物につき極めて詳細な記事を残しています。この種の文書資料は、伝統社会における人々の財産状況を理解するため、たとえば財産目録のような形で使うことが可能でしょう。

第二の問い:文書資料の学術的価値とは何か?

さて、この文書資料の価値について、学術的見地からお話します。

私といたしましては、この文書資料はさまざまな分野において重要な資料になりうると考えております。

たとえば民俗学では、人々の信仰に係る過去の経済あるいは社会状況を理解する上で、他の資料からは得ることのできない新たな情報を得ることができると思います。さらに上述したように、相続文書で見ることができる細かな財産の名前に注意を払い、一つ一つを検討していけば、過去の時代におけるウイグル人の物質文化の詳細につき、この上なく明瞭に知ることができるでしょう。社会経済文書の基本性格を勘案すれば、当地の社会学や経済学に裨益することはいまさら申すまでもありません。文書の形式、使用された言語面に着目すれば、たとえば歴史言語学などにもよい資料になるかもしれません。

しかしながら、私自身歴史学徒でありますから申し上げますが、この文書資料が最も有効に活用されうるのは、やはり歴史学の領域においてでであろうと私は思います。文書資料は、現在もなお歴史研究においてよく読まれている歴史著作(historiographies)とは、また違った方向から光を照射する史料でありまして、その光から形作られる「影」は、必ずや私たちの歴史認識に新しい内容を加えることでありましょう。

文書資料は、著者が誰か、ほかの不特定多数の読者たちに知らしめるためにペンを執って書いた歴史著作とは事情が異なっておりまして、とても実際的な、時には緊急的な目的のために書き置いた書写資料です。現場で生起した諸事実を、著作物のように著者のものの見方や考え方をそれほど挿入させずに、普通の人々が日々の生活の中で書きとめたものなのです。文書資料のこうした性格に照らすと、文書資料とは、事実に余計な言葉を加えていない寡黙な歴史資料である、といったら、あるいはぴったりくるかもしれません。他の言葉で言うならば、歴史著作で存在するであろう著者の「メガネ」は、このような文書にはそもそもないのです。それこそがこの色もなく、レンズもない資料の独特の性格だと言えるのではないでしょうか。

このような資料からは、私たちは直接過去の時代に生起したさまざまな小事件を知ることができるのです。私は、これは実に重要な、文書資料の特質であると思います。これら文書を数多く私たちが研究に用いることで、歴史著作では知ることのできない、詳細な諸事実が明らかにされることでしょう。歴史著作においてはこれまで「名無し」であった、史料中には「ムスリムたち」や「群衆」で片づけられていた人々が、文書資料の活用により、(たとえ僅かではあっても)ひとりひとりの名前とともに立ち現われるかもしれません。今まで明らかでなかった歴史も、生き生きとした形で我々の目の前に出現することでしょう。

たとえば私は2年ほど前にドイツから刊行された論集で、19世紀から20世紀にかけ、カシュガル近郊に生きたあるスーフィー一家の家族史を素描いたしました。それは、その家族によって作成、使用された60点余の文書資料の利用によって初めて可能となったものなのです。

文書資料は、いまこちらで主流の歴史研究著作のように、この世界、この国家が、どこから来て、またどこへ行くのか?人類社会の未来はどうなるのか?というような問いには、何ら答えず沈黙することでしょう。しかしながら、こうした資料は、我々が思いを寄せる過去の時代の人々の表情を、社会のリアルな姿を直接見せてくれるのです。

それは、あたかも当地の文学における歴史小説と、日々の生活を叙述した短編小説の関係にも似ております。文書資料は、偉大なる歴史のメカニズムを我々に示すことはないのかもしれませんが、生活の中の人間の些細な、しかしとても重要な真実を我々に教えてくれることでしょう。

この美しくも華麗な新疆の未来、およびこの新疆大学の未来が輝かしいものになりますように。新疆歴史文書史料研究の将来も輝かしいものになりますように!

文書研究に多くの方が参加し、新疆学に、あるいはそれよりももっと大きな学術領域に、この新疆大学から始まって、新たな学術研究の潮流に貢献しうるならば、とても素晴らしいことだと思います。私も、力の続く限り、この学び舎の光栄ある未来に多少なりとも助力できれば幸いです。

ご清聴、どうもありがとうございました。


Img_1092
(スクリーン側から撮ってもらった写真)

|

« 91年目の新疆大学で-所有資料の移管と連続講義(3) | Main | 91年目の新疆大学で-所有資料の移管と連続講義(5) »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 91年目の新疆大学で-所有資料の移管と連続講義(4):

« 91年目の新疆大学で-所有資料の移管と連続講義(3) | Main | 91年目の新疆大学で-所有資料の移管と連続講義(5) »