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新疆虎について-昼下がりの寄り道-

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新疆虎の図(出典

原稿がさっぱり進まないので、読書に逃避していたら、プルジェワルスキーの旅行記(プルジェワルスキー著、加藤九祚訳『黄河源流からロプ湖へ』(世界探検全集9)、東京:河出書房新社、1978年)のあるくだりに目が止まった。

それはプルジェワルスキーが新疆虎(ロプノール虎)について書いた部分である(327-332頁)。彼が1883~1885年に実施した第二次チベット探検、その後半は新疆をチャルクリク-チェルチェンーケリヤ-ホタンーアクス(-ロシア領)のルートで旅行するわけであるが、ホタンからアクスに至る旅程でしばしば「大シカやトラ、まれにはイノシシ」の足跡を見つけたのだという(326頁)。プルジェワルスキーはそこから一通り旅程の記述をしたあとで、どうしても書かずにはいられなかったのか、あらためてタリム盆地の虎について、ページを割いて紹介しているのである。

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ニコライ・プルジェワルスキー(wikipedia)


プルジェワルスキーによれば、彼がその内陸アジア旅行で虎に遭遇したのは、ジュンガリアのイリ河谷、そして東トルキスタン(南疆-菅原注)の二箇所においてであり、虎は後者により多く生息していたと言う。より詳しくは茂み(ジャンガル)のあるタリム川、ロプ・ノール、ホタン川、カシュガル川流域が主たる生息地であった。

彼自身は虎と直接鉢合わせすることは無かったようだが、ロプ・ノール地方に居住するいわゆる「ロプ人Lopliq」から虎をめぐる興味深い話を聴取したと見え、旅行記には「住民(ロプ人を指す)」から聞いた話が紹介されている。以下、そのごく一部を箇条書きで示す:

・虎はその活動を夜に行い、音も無く移動し、獲物を見つけると15メートルにも達する大跳躍を行う。時には第二、第三の跳躍を行うが、それ以上の跳躍をすることは無い。そして、ときに虎はメスを呼ぶオスの大鹿の鳴き真似をして獲物を騙そうとさえする。

・虎の大好物はイノシシで、家畜の牛と羊がそれに続く。またオオシカ(マラール)、ウサギ、雁、鴨などを捕ることもあり、死んだ虎の胃袋から魚の骨が出たこともあると言う。

・この地の虎は、たとえ飢えていても、基本的に攻撃されない限り人を襲わない。人に出会うと普通は気がついていないふりをして(笑)遠ざかろうとする。

・虎は傷に弱く、弾丸1発で死んでしまう。しかし猟師たちはむしろ餌に毒(馬銭子=ストリキニーネ)を塗ったものを食わせて中毒にさせる手法をとることが多い。

・虎の吼える声は断続的で大きく、聞き苦しい。しかしそれを聞くことは(獲物に逃げられたときなど)まれである。

・通常虎のメスは2-4頭、まれに6頭に達する子を生む。多産のときは母虎が子を食べることもある。

プルジェワルスキーはさらにロプ人の虎狩りについて住民から聞いた話を2,3紹介しているが、これも長いので省略する。いずれにしても、新疆の虎がプルジェワルスキーをそれなりに魅惑したのはどうやら確かなようだ。


◆ ◆ ◆

そもそも新疆虎と言うのはどういう虎なのか。

新疆と付き合い始めて四半世紀になり、息子に虎之助と言う名前をつけておきながら、これまで私は迂闊にも新疆と虎を結びつけるのを怠ってきたのであった(なんたること!)。不明を恥じると共に、さっそくいつも頼りにしているグーグルで安易な検索を試みたところ、漢語サイトに一定の記事を見つけることができた。(件のプルジェワルスキーの記事に言及した記事もちゃんとあった)。

例によって漢語ウィキペディアの記事がよくまとまっている。それによれば新疆虎は学名をPanthera tigris lecoquiと言い、動物分類学上は絶滅種のカスピトラ(Panthera tigris virgata別名ペルシャトラ)と同じ亜種らしい。学名のlecoquiとはひょっとしてドイツの東洋学者ル・コック(Albert von Le Coq)に由来するのであろうか(←宿題その1)。現在はカスピトラ同様に絶滅種らしく、百度では1916年に正式に命名され(学界でオーソライズされたと言うことか?)、その年以後確認されていないとある。さきのウィキペディア記事などでは断片的な目撃情報がその後もあったらしいが、いまのところ絶滅種と考えるのが妥当なようだ。2002年には100万元の懸賞金がかけられ捜索が行われたようだが、再発見されたと言う話は聞かない。

カスピトラと同種、ということは外観は下に示すとおりやや長毛の虎だったのであろうか。見た感じ、何だか暖かそうでかわいい。こんな虎がいまや現存しないとは残念だ。

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カスピトラ(19世紀ベルリン動物園で飼育されていたもの

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これはアムール虎

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こちらはスマトラトラ

つまりプルジェワルスキーの記事は、(すべて信頼に足るのか、正確なのかどうかは分からないが)今は失われた新疆虎の生態と、住民と虎のかかわりを今に伝える貴重な証言と言うことになる。ほかにもヘディンがロプ地方の虎について書いており(たとえばヘディン著、鈴木武樹訳『チベットの冒険』(ヘディン中央アジア探検紀行全集3)、東京:白水社、1965年、65-66頁ほか)、それも同じく貴重な記事であるが、結局「新疆虎」の情報は、新疆の「探検の世紀」なしには現在に伝わらなかったと言うことになろうか。

◆ ◆ ◆


新疆虎について、当の新疆住民がいかなる知見を持っていたかといえば、おそらく虎と近接して暮らしていたロプ人や、同じような環境に暮らしていたドーラン人はそれなりの知識と経験を持っていたであろう。しかし彼ら自身は自分たちの知見を文字で書き残すという文化をその頃は持ち合わせておらず、上述の通り彼らを訪問した外来者がそれを書き残すこととなった。ひょっとしたら現在まで口伝えで残る歌謡(qoshaq)やことわざ(maqal-temsil)のなかに何らかの新情報が織り込まれているかもしれないが、私は不明にしてそれを知らない(←宿題その2)。

都市や農村に住む現在のウイグル人の先祖はどうかといえば、管見の及ぶ限りでは、彼らが新疆虎について詳細な情報を持っていた形跡はどうにも見出すことができない。虎(Yolbars / Bars)は干支にも入っている以上知らなかったはずは無いし、まれには狩猟の結果毛皮などがバザールにもたらされたこともあったろう。しかし、一般的にはその生態まで知悉することはなかったのではないか(まあ、虎の生息地ではない日本の住民よりは身近な存在だったかもしれないけれども)。

現在スウェーデンのルンド大学に所蔵される一写本(Prov.204)は、19世紀末葉、つまりプルジェワルスキーの旅行とほぼ同時代に、南疆のトゥルク人(ウイグル人)モッラーがチャガタイ語で書き綴った南疆ムスリムの風俗習慣に関するエッセイ集である。その一章に「害獣たちに関する記述vakhshi hayvanlarning bayani」と題する一章がある。虎については、

「…さらに一種(の害獣)は、yolbarsと呼ばれる。yolbarsは獅子(shir)ほど大きくは無い。yolbars, またはbarsは、獅子より細(inchika)く、その姿(suret)はネコ(mushuk)のような姿である。しかしこの野獣もまた肉食この上ない(khunkhvar yaman)野獣である。獅子が食らうものは何であれこれ(虎)も食らう。」(Lunds UB, Handskriftsavd, Gunnar Jarring Collection, Prov.204. no.20)

とあり、かなり漠然と虎が何であるか説明されている。ネコのよう、とは獅子のようなたてがみがないと言うことを意味するのだろうか。獅子より小さいというのは獅子が新疆に存在しなかった以上、伝聞であることは確実ながら、どうも具体性に乏しい感は否めないように思う。これは一般的な虎の説明を出るものではなく、「新疆虎」に関する情報としてはいまいち使えない。


◆ ◆ ◆


新疆虎は何故絶滅したのか。これはたぶん人間による乱獲が原因であろう(蟻が原因だという説はどうにも私は信じ難いのだが、どうなのだろう?)。ヘディンは上述の文献で虎を狩る猟師の存在を伝えているし、地元民のみならず、英国人をはじめとする外国人もさかんに狩猟を行っていた形跡がある。いわゆる「探検の世紀」は、一部では「狩猟の世紀」(<動物乱獲の世紀)でもあったようで、事実新疆には19世紀末~20世紀初頭もっぱら狩猟を目的としてこの地を訪問した外国人もいた(一例としてはこれとか)。この問題はいずれ時が来たら勉強してみたいネタのひとつではあるが、今は宿題としておきたい。

◆ ◆ ◆


さて、プルジェワルスキーはその旅行記の新疆の虎に関する記事を、こういう話題で結んでいる。

…ロプ・ノール住民の話によると、春と秋、水面の氷が割れやすいときには、トラはけっして氷上を歩こうとせず、イノシシを餌食にして一個所にじっとしている。何も食べるものがなくても、完全に氷結するまで、あるいは解氷するまでがまんしている。

真冬の寒いタリム盆地で、結氷した川面を歩く虎の姿はきっと映えて見えたに違いない。だが今はそうした風景は永遠に失われてしまった。まれにしか聞かれなかったと言う「聞き苦しい」虎の咆哮ももはや聞くことはできない。時間の流れの中で失われていくものは人の「伝統」や「歴史」だけではないのだ。

■ ■ ■ ■

【追記】
その後「ウイグルペディア」に新疆虎(Shinjang yolwisi) が立項されていることを、いつもお世話になっている小沢さんからご教示いただいた。ここに記して感謝申し上げる。この記事では上述したような基本情報に加え、ケリヤ地方のウイグル人猟師によるトラ狩りに関する比較的新しい記憶について、興味深い証言がいくつか紹介されている。新疆虎はどこかで今も生きているのであろうか。

さらに、余談ながら、情報収集の過程でロプ・ノールの地図が日本の陸地測量部によって作成されていた(1922)ことを知った。これは現在東文研所蔵と言うことであるが、カシュガルやクムル、グルジャなどもカヴァーされているようだ。縮尺100万分の1なのであまり参考にはならないかも知れぬが、どの程度の地名を把握していたのか実に興味深い。この地図につき、もし詳細をご存知の方がいらしたらご教示願いたい。地図実物はいずれ機会があったら閲覧してみたいと思う。

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