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シンポジウム「中央アジアにおけるスーフィズムとイスラ-ム」(プリンストン大学)

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Symposium on Sufism and Islam in Central Asia, Princeton University
主催:Department & Program in Near Eastern Studies, Princeton University
後援:Leon B Poullada家
会期:2011年10月21日(金)、22日(土)
会場:Woodrow Wilson School - Robertson Hall, Bowl One

秋を迎え色鮮やかに木々が色づく週末(金土)、合衆国東部はプリンストンで中央アジアのスーフィズムに関するシンポジウムが開催された。このシンポジウムは外交官であった故Leon B. Poullada氏の遺徳を顕彰しその遺族の資助を受け、プリンストン大学近東学部が主催することとなったもので、私はずいぶん前(15ヶ月ぐらい前)にお誘いをいただき、後述するような幾許かの葛藤?を経て、5泊3日(機内2泊)のなかなかハードな日程での参加と相成った。会期中は時差ボケで大いに苦しめられたが、総じて学ぶところの多い有意義な旅であった。

この会議の個別報告の内容ならびに具体的な議論については、同じく参加者であった河原弥生さんが『日本中央アジア学会報』次号に参加報告を寄稿されるということなので、ここではいちいち網羅的に紹介することはしない(だいいち大変だし。ここは河原さんの健筆に期待しよう)。ここでは例によって(!)この会議についての私なりの雑駁な印象を綴ることとする。


まずプログラムを以下に挙げる:

第1日(10月21日金曜日)
ウェルカムスピーチ:Muhammad Qasim Zaman(組織委員長、プリンストン大)
キーノート:Devin DeWeese (組織副委員長、インディアナ大)

セッション I :史料と解釈の手法

Shahzad Bashir (スタンフォード大)
「ジャンル、語り、テキスト、そして写本:中央アジア・スーフィ聖者伝研究の発見的方法(heuristic)」
Jo-Ann Gross (カレッジ・オブ・ニュー・ジャージー)
「ムハンマド・バシャーラの伝承:タジキスタンにおけるイスラーム聖者伝」
Maria E. Subtelny (トロント大)
「16世紀初頭中央アジアスーフィズム研究の史料としてのフサイン・ヴァーイズ・カーシフィーの諸作品(oeuvre)」
ディスカッサント:Jawid Mojaddedi (ルトガー大)


セッションII: スーフィ・コミュニティと史料:ロシア語からポスト・ソヴェート時代への再編成

河原弥生(東京大)
「ワリー・ハーンのマルギランにおける聖戦:コーカンド・ハーン国におけるマフドゥムザーダに関する一考察」
Eren Tasar (セント・ルイスワシントン大)
「ソヴェート期のスーフィズム:第二次世界大戦後の中央アジアの社会政治風景における聖者と聖地」
Ashirbek Muminov (カザフスタン科学アカデミー東洋学研究所)
「現代カザフスタンのスーフィ・グループ:カザフ・イスラム社会との競争と結合」
ディスカッサント: Zvi Ben-Dor Benite (ニューヨーク大)

第一日目総括 Jo-Ann Gross

第二日目 (10月22日土曜日)

セッションIII: スーフィ・コミュニティ:社会、政治、経済的視点から

Florian Schwarz (オーストリア科学アカデミー)
「スーフィと都市:Thamarāt al-mashāyikhにみる17世紀ブハラのスーフィ・コミュニティ」
Allen Frank (インディペンデント・スカラー)
「ブハラ・アミール国(1850-1905)におけるスーフィ・シャイフ史料としてのTārīkh-i Barangawī 」
菅原純(東京外語大)
「カーシュガルにおけるマザールとワクフ地:20世紀初頭における規模と分布に関する初歩的アプローチ」
Robert McChesney (ニューヨーク大)
「家族内での管理:初期近代中央アジアおよびタジキスタンにおけるスーフィ廟、王族、そして国家」
ディスカッサント:Dina Le Gall (レーマン・カレッジ、ニューヨーク市立大学)

会議総括:Devin DeWeese
閉会の辞:Muhammad Qasim Zaman


個人的に、個別報告でもっとも印象的だったのはトップバッターのShahzad Bashirさんの報告だった。

Bashirさんの報告は「聖者伝テキストを読み、そこから我々は何を得ることが出来るのか?」という実にラディカルな問題を扱ったお話である。正直そのお話を十全に理解できたか(納得できたか)どうかも実はいまだに自信が無いけれども、クリティカルな手を経た「写本」、さまざまな「テキスト」、そして原初的な「語り」の関係に我々はよくよく留意しなければならない、と言うこと、そして聖者伝に書かれた「歴史的事実」と「奇蹟」を峻別するような取り組みは適切か否か、少なくとも両者の関係につき丁寧な考察が加えられるべきではないか、というようなご指摘には(誤解かもしれないけれども)大いに共感を覚えた。

歴史学では聖者伝から史実を汲み取ろうと言う試みは(少なくとも中央アジア史では)まあ一般的だと言って良いだろう。もちろんそれなりの「物差し」を持って書かれてあること、話されていること(最近は聖者伝説の口碑史料の収集利用も始まっており、私自身も少しだけそういう仕事をしたことがある)を「分析」するわけだが、どうしても「取捨選択」して「史実」を「抽出」すると言うことに意識が向きがちである。聖者伝から聖者や聖者一族の歴史を素描したり、あまつさえ聖者とときの政権との政治的関係などを「発掘」しようとした研究は少なくないし、これまで(少なくとも中央アジアの)歴史学はそうやって一定の成果を収めてきた。しかしそれは果たして適切(この場合、倫理的にということではなく、あくまで学術的な視点からであることに注意)だろうか? この問いは歴史学の常套的手続きである「史料批判」の手法につき(少なくとも聖者伝の取り扱い上は)、一石を投じる指摘とも言えるかもしれない。

Water_princeton
会場風景。水までPrinceton大学ブランド。


ほかの報告についてもふれたいが面倒くさいきりがないので、前述通り、詳細は河原さんのご報告に譲ることとしたい。以下、ここではひとこと感想のみ。

・Gross報告は「聖者密着型通史的研究」とでも呼ぶべきもので、ムハンマド・バシャーラを軸とした歴史像の提示は手堅く「圧巻」と呼ぶにふさわしい。お手本にしたい研究である(新疆の場合、あれほど多種多数の史料は期待できないけれども)。

・Subtelny報告は碩学の貫禄、気風漂うご報告であった。カーシフィーの文芸作品から歴史を読み解く、というテーマ故だろうが、その語り口に「古典学」の雰囲気が横溢しており、いかにも学問らしいご報告に目眩がした。ああいう「大人」になれるのはいつのことやら。

・河原報告も相変わらず実に手堅い。ワリー・ハーンといえば、同族(カーシュガル・ホージャ家)で19世紀半ばに新疆に侵入して大暴れした同名の人物がいるけれども、両者を混同したりするようなことはなかったのであろうか。奇妙なことに河原さんが扱われているワリー・ハーンは1850年代を最後に情報がなく、こちらの方は1850年代から活動を開始している(はず)。これがマンガならば「今日からお前がわしの名前を名乗るが良い」とか感動的な引継ぎがなされるドラマに仕立てるところであるが…真相はいかに?

・Tasar報告はおそろしく弁が立つ(というか饒舌)な報告だなあ、というのが第一印象。それにしてもWW2以降の時代とスーフィズムの関係という切り口は実に面白い。考えてみれば大祖国戦争に従軍したムスリム兵士にスーフィがいたって不思議でもなんでもないわけで、戦中戦後のソ連のムスリム社会にスーフィ・ファクターをおり込んで説明すると言う試みはもう少し行われても良いだろう。

・Muminov報告は現代事情に関する報告だが、イスラーム学を専門とされ、歴史、古文献にも通暁されておられる氏の説明は実に安定感がある。冒頭でOlcottなどが「ソ連期のカザフスタンでスーフィズムは途絶した」と信じているのは誤謬であるというところから説き起こし、現代のスーフィ諸集団、その系譜(silsila)、実践、政府の対応、スーフィ集団間の対立、サラフィーとの対峙、民間信仰との関係などを丁寧に分析している。それにしても日本の現代中東~中央アジア事情を語る方々(研究者)の言葉は概して(私目には)軽く聞こえ、大衆受けはするかもしれないけれども、なんだか週刊誌のゴシップ記事を読んでいるみたいに感じることがとても多い。(誰とは言いませんが)そういう方々は教養の「根っこ」が実は脆弱なのではないだろうか。

・Schwalz報告は史料Thamarāt al-mashāyikhに基づいてブハラのスーフィ社会像にアプローチしたもの。都市における集団と言う視点は長く続く都市論(Islamic Urban Studiesとでも言うべきか)の研究の系譜の上にあり、こういう成果が積み重ねられたことには率直に喜びを覚える。

・Frank報告はTārīkh-i Barangawīという1914年にまとめられた史書に基づき、ブハラ・アミール国史をスーフィズムとのかかわりにおいて(たぶん)論じたもの。氏の報告は遺憾ながら自分の報告の直前で全然頭に入らなかった。

・わたくしの報告は新疆・カーシュガルのワクフについて、新史料である131点のワクフ関連文書を整理しその史料としての性格を明らかにし、聖者廟に付属するカシュガル所在ワクフの規模と分布を明らかにしたもの。と、さらりと書いたけれども、これが研究史的にどういう意味を持っているか、なかなか分かってくれる人がいないのが寂しい。

・McChesney報告。McChesney教授はワクフについての専著があり、かつEIで中央アジアのワクフの項も執筆されておられる大家である。今回のご報告はそれまでのご研究を踏まえ、かなり包括的なお話をされていた。氏の報告については(私にとって重要に思われるので)機会を改めて取り上げたい。ここでは文書史料の利用が歴史研究にどう使えるかと言う意味でかなり有益なご報告であったと言う感想のみ述べておきたい。

Robertson
会場となったRobertson Hall


さて
数ヶ月前に東大の森本(一夫)さんから「豪華な顔ぶれですね」と(メールで)言われたとおり、text-besedの中央アジア史研究の最前線にいる合衆国の研究者が一堂に会した確かに豪華な会であった。ひと月ぐらい前にプログラムを見たときには眩暈を覚え、こんな方々を前に自分の貧相な発表などしていいものであろうか、と正直「ダメダメ感」とかなりの緊張感を覚えたことを告白する。私以外は全員いわゆる中央アジア(Russian Central Asiaってもう死語?)を主たるフィールドとなさっておられる方々であり、私ひとりだけカシュガルのことなどしゃべっていいのだろうか。だいいち日本には彼とか彼とか、こういう場にもっと相応しい優れた研究者がいるはずなのに、と「本来ならばこの会に(私に成り代わって?)参加すべき優秀な人たちの顔がいくつも頭に浮かべては些か憂鬱な気分になっていた --要するに私は事前にこのうえないプレッシャーを(珍しくも)感じていたのである。

しかしふたを開けてみれば実に雰囲気の良い会議だった。

この会議はスピーカーへの参加招請(15ヶ月も前)の段階から"not a large number of brief conference papers, but an opportunity for careful and sustained discussion of a smaller number of in-depth studies"が目的であると言っていたとおり、比較的少人数で和やかなムードのなか粛々と進められた、総じてまことに気持ちのよい会議であった。2日間、朝の会場には軽い朝食が用意され、かつ昼食も供され、当然コーヒー・ブレイクも設けられているので、会議の間じゅう参加者は外にも出ることなくずうっと話しっぱなし。主催者がもくろんだような、きめ細かく深い対話が実現されているのを目の当たりにすることができたし、私自身、関心を共有するマニアックで素晴らしい参加者たちとのおしゃべりを存分に楽しませてもらった。ここまで関心が接近している方々とまとまってお会いすることは国内外を問わず「まれ」なことであり、私には奇跡とも思えるような2日間であった。

今回のシンポジウムの成果はおそらくDeWeeseさんを編者として論集としてまとめられ、それは中央アジア・スーフィズム研究のランドマーク的な位置を当分占めることになるだろう。乞うご期待。

Ivy
アイビー・リーグのアイビー。

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