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アリムジャン・イナイェト「チャガタイ語から新ウイグル文章語への移行、およびその過程における民間文学の役割」

アリムジャン・イナイェト「チャガタイ語から新ウイグル文章語への移行、およびその過程における民間文学の役割」(『民族紛争の背景に関する地政学的研究:vol.18 平成22年度報告書』大阪大学世界言語研究センター、2011年刊、1-16頁所収。)

昨日、妻のもとにどっさり大阪大学からの出版物が届き、そのなかに標記報告書が入っていた。みるとウイグル関係の論文が2つ収録されているほか、メンバーの方の活動記録もなかなか興味深かったので(急ぎの仕事があるというのに)昼間たっぷりこの報告書を読み楽しんだ(こういう時間の過ごし方もいいものである)。

なお、この報告書の目次は大阪大学世界言語研究センター(つまり旧大阪外国語大学)の地政学プロジェクトのサイトで公開されている。


当論文はトルコのエゲ大学(イズミル)のアリムジャン・イナイェト教授が昨年(平成22年)9月22日に大阪(千里ライフサイエンスセンター)で報告したペーパーの全文である。著者アリムジャン教授はお名前から察するにたぶんウイグル人であろう。

Alimcan İnayet, On the Transition from Chagatai Language to the New Literary Uighur Language and the Role of Folk Literature in this Process.
(アリムジャン・イナイェト「チャガタイ語から新ウイグル文章語への移行、およびその過程における民間文学の役割」)

いちおうここでは目次と論文冒頭に示されている英語のタイトルとその妥当(と思われる)和訳をあげておいた。原題は独特のラテン文字表記ウイグル語で"Chaghatai Tilidin Hazirqi Zaman Uyghur Edebiy Tiligha ötüsh jeryani ve xelq edebiyatning roli toghrisida."とあり、正確には「チャガタイ語から現代ウイグル文章語への移行過程(ötüsh jeryani)および民間文学の役割について」で、ここだけ見ると若干ニュアンスが違うけれども、本文第3章のタイトル(後述)をみれば英題は実は内容を忠実に反映したよく練られたタイトルなのだ、ということが分かる(かなり些細なことだけれども)。

さて、当論文は、20世紀に生起した「現代ウイグル語」文章語がそれに先行する「チャガタイ(・トルコ)語」とどのようにつながっていくのか、という問題を「民間文学」を切り口に検討してみよう、という趣旨の論文である。19-20世紀のことばかり勉強してきた私としては、(言語学が専門ではないとはいえ)この問題は日常的につきあっている2つの(と言っていいのだろう、たぶん)言葉の問題を扱っており、かなり親しみを感じる、興味津々のテーマである。

本論文の構成は序文に続き
1. チャガタイ語から現代ウイグル文章語への移行を促した(zörür ve mejbur qilghan)社会環境
2. 現代ウイグル文章語の基礎
3. チャガタイ語から現代ウイグル文章語への移行階梯(basquch)と、この階梯における民間文学の役割
4. 結論
という構成になっている。

まず第一章では、「チャガタイ語」から現代ウイグル文章語への移行を促した社会背景が説明される。この移行期は「19世紀後半から1940年代までの時期」であり、ヤークーブ・ベグ政権(1865-1878)から左宗棠による新疆再征服をへて20世紀の度重なる蜂起、盛世才の圧政、二度の独立政権の樹立などを経験し、「ウイグル社会において、きわめて大きな動揺と変化(davalghush ve özgirish)が生じた」時期である。著者はこの過程でウイグル人たちの政治と文化の中心がカシュガルからイリおよびウルムチに移り、ウイグル社会がソ連と中央アジアのテュルク諸民族の直接的な影響を被るに至り、圧政が支配した従来の封建社会から、開明的な教育が主体となった新社会に変化した、とする(p.3)。そしてジャディードたちの活躍により、ウイグル社会のなかで自由と民族独立の思潮が生じるに至り、そのなかで言語の通俗化(tilining ammibaplishturushi)、宣伝(teshwiqat)を民衆が理解できるようなことばで発信することが必要とされたという。そういう状況で、当時先進的であったアブドゥッラー・ローズバキエフAbdullah Rozibaqievをリーダーとするソ連領のウイグル知識人たちの[現代ウイグル語の]共通文章語をめぐる1920年代の議論や、1930年にソ連領のウイグル人たちのために取り決められた共通文章語の受容が、東トルキスタンにおける現代ウイグル文章語の形成に大きな影響を与えた、とする。

続く第二章ではその現代ウイグル文章語の「基礎(asas)」が検討される。まず「チャガタイ語」は語彙においてはアラビア語、ペルシャ語の語句が量的に優越しているけれども、「文法関係」(grammatikliq munasivetler: syntaxを指すのであろうか)はなお[古代?]ウイグル語の規範を保持している(意訳)。「チャガタイ語」のそうした性格は現代ウイグル文章語の形成過程に強い影響を与えており、この過程で民間文学はまさにチャガタイ語と現代ウイグル文章語を結ぶ「架け橋(kövrüklük)」の役割を果たしたのだ、とする。

18世紀末から19世紀初めにおいて、「ウイグル文人」たちはナヴァーイーの韻文著作を自分たちの通俗的な言葉で散文化した複数の作品を書き残している。それらの作品は民衆の間に広範に広まり、やがてほかの民間叙事詩や物語を生む原因となった。この時期に(東トルキスタンで)生み出されたさまざまな叙事詩(dastan)が、「チャガタイ語」を「民衆の言葉(xelq tili)」に接近させることにおいて、きわめて重要な役割を果たした。また、民衆の間で生きた言葉(janliq til)によってうたわれた膨大な民間叙事詩も、ウラマーたちによって「チャガタイ語」に[すなわち、文字に]写され保存された。そしてこれらが「チャガタイ語」と「民衆の言葉」の間の構造的関係(organik munasivet)を保持(qoghdash)する役割を演じた。要するに、現代ウイグル文章語は唐突に登場した一言語ではなく、チャガタイ語の非常に強固な基礎を有している。


第三章では、具体的事例から、「チャガタイ語」から現代ウイグル文章語への移行階梯におけるウイグル民間文学の役割が検討される。

まず例として示されるのは19世紀後半のイリ地方で生起した諸事件をあつかった韻文著作で知られるビラール・ナズィム(Mulla Bilal b. Mulla Yusuf Nazimi)の作品である。著者はナズィムの詩の音声、語彙、文法が現代ウイグル文章語と違いがなく、現代語の特徴である狭母音化現象(接辞の接続によるアクセントの移動に伴い、その前にある母音a, eが弱化してi, éに転化する現象)なども確認できると指摘する。ナズィムは「チャガタイ語」の伝統に基づき作品を書く一方で、そのなかで作品の言葉を通俗的な言葉、すなわち「民衆の言葉」に接近させるよう努力した、というのが著者の主張である。著者によればナズィムの作品『ナズグムの物語Nazugumning qissesi』においてそうした傾向は顕著であり、ナズィムは散文部分を「チャガタイ語」の特徴に基づき書くことに努力する一方で、韻文部分はもともとの歌謡(qoshaq)の特徴に基づき提示しているという。

これ以外に(以下はやや冗長に思われるので、かなり端折る)「移行期」に登場した口承文芸(叙事詩や歌謡)やキリスト教徒伝道のためにリリースされた文献なども、ナズィムと同様の性格、すなわち「チャガタイ語」の伝統と、現代ウイグル文章語に直結する当時の口語が反映された諸要素が少なからず見いだされる。

そして結論では、民間文学がふたつの文章語をむすぶ「橋」であるとの説が繰り返される。「民間文学の諸作品は、チャガタイ文人たちの手によって新たに書写文芸作品となるとともに、他方、書写文芸からふたたび通俗化を通じて民間(=口承文芸)に還流」したのであり、こうして「チャガタイ語」と生きた言葉(janliq til;口語?)の間の関係は途切れることなく続き、さらに書写文芸の領域において「チャガタイ語」は、民間において大衆語(ammibap til;口語?)と併存し、書写文芸、大衆語双方に一定の影響を示し続けたのである、とする。


◆ ◆ ◆

私は言語の専門ではないので、こういうテーマの論文を研究史に照らしどのような位置づけができるのかという点については無知である。ただ個人的な、私のいささか幼稚な理解において、著者アリムジャン・イナイェト教授がどうやら「チャガタイ語」と現代ウイグル文章語の間に仲介者ないしは「橋」として「民間文学」を位置づけることで、「チャガタイ語」の伝統の連続性(ないしは継承)を説明しようとしているらしい、ということは分かったように思う。別の言い方で言えば、「チャガタイ語」の伝統は現代ウイグル文章語に継承され、その継承を担保したのが民間文学であった、と言うことになろうか。

たしかに「チャガタイ語」から現代ウイグル文章語への移行に注目し、その時代背景と言語をめぐる諸事情をこまかく提示し、さらに現代ウイグル文章語における「チャガタイ語」の伝統要素について注意を促し、そして19世紀以降の東トルキスタンの「チャガタイ語」の口語的特長を具体的な実例で丁寧に示した点、当論文は一定の意義を有していると考えられる。読者は当論文の講読を通じて、現代ウイグル文章語の歴史について学ぶことができるであろう。

しかし率直な感想として、当論文が、学術的になんらかの新たな知見を提示するようなものであったか、従来の諸研究から一歩前に出るようなものであったか、といえば、それは疑問である。

これまでこの種の主張はあるいは論文の形ではされては来なかったのかもしれないけれども、現代ウイグル文章語に「チャガタイ語」の影響があることはまあ自明のこととして扱われてきたように思うし、その連続性を疑う人は誰一人いないと思う。

また、この論文のタイトルから考えるに、ウイグル民間文学が仲介する(橋として)「役割」を果たしている、というのがおそらくは当論文の核心的な主張なのであろう。結論部分の「民間文学の諸作品は、チャガタイ文人たちの手によって新たに書写文芸作品となるとともに、他方、書写文芸からふたたび通俗化を通じて民間(=口承文芸)に還流」した(意訳のつもりだけど、大意はあっているであろうか。ちなみに原文は"Xelq edebiyatigha ait eserler, bir tereptin, Chaghatay edibliri teripidin yéngidin ishlinip yazma edebiyatqa kirgen bolsa, yene bir tereptin, yazma edebiyattin qaytidin ammibaplashturlush arqiliq xelq arisigha qayturup bérilgen. )というのもまあ「ごもっとも」である。しかし、たとえば第三章で提示された種々のデータから、こうした結論がすんなり導き出されるのだろうか。私目には本論文(特に第三章)で示された具体的事例から導き出されるのは、「19世紀以降のチャガタイ語韻文には、口語の影響が色濃くみられる」という(これまたよく知られた)事実を出るものではないと思うのであるが。

また、ついでに細かい点ながら、ナズィムの『ナズグム』に関する散文部分(チャガタイ語の性格が強い?)と韻文部分(口語的特徴が強い?)の説明は一瞬「へえー」と思ったが、すぐ後の部分で散文部分でも著者自身が狭母音化現象がみられると指摘している以上、その説明は成り立たない(俗な言い方をすれば「自爆している」)ようにも思われる。

繰り返しかもしれないが、「架け橋(あるいは単に「橋」でもいい)」という喩にも疑問を表明したいと思う。「橋」というからには両者(「チャガタイ語」と「現代ウイグル文章語」)は水のようなものでもって「隔てられている」という前提が必要だ。しかし実際は「チャガタイ語」が使われていた時期と現代ウイグル語が生成され使われるようになった時期は重なり合っているし、その担い手も(その移行期は)同じ人間だったわけだから、民間文学が両者をつなぐ、という理屈はもっともらしいけれども、この論文でそれは論証されたのだろうか。

つまり、この論文は啓蒙的ではあるかもしれないけれども、個人的にはやや物足りなさを感じるような論文であったように思う。まあウイグル語とは何の縁も(一見)無いような日本で、かつ出席者の大多数がそのテーマに通じているわけではない(と思われる)場でのご報告だったわけであるから、そういう場でのペーパーは「勝負を挑む」というよりは「テーマを理解してもらう」ことに重点を置かざるを得ない。すなわち、とがった学術論文と言うよりは講演原稿としてこれは読むべきなのかもしれない。

これは衷心からのお願いであるが、もしも上記の拙い感想に「それはお前の思い違いだ、読みが浅い」とご注意、ご教導いただけるならば心から幸いに思うので、ぜひ本記事のコメントの形でご指摘いただきたいと思う。とくにテュルク学研究者の方のご指摘(ご叱責)をお待ちします。


※なお、この論文は管見の及ぶ限りでは、「我が国の出版物史上おそらくはじめて(!)ラテン文字表記の「現代ウイグル語」で発表された論文」である。茶化すつもりは毛頭ないけれども、偉業というよりはむしろ「珍事」としてここに記しておきたい。いったい、誰に読ませるつもりなのだろう?著者というよりは、編者の真意を測りかねるなあ)。

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