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梅村坦・新免康編著『中央ユーラシアの文化と社会』

梅村坦・新免康編著『中央ユーラシアの文化と社会』(中央大学政策文化総合研究所研究叢書12)東京:中央大学出版社、2011年3月、344頁。

編者の梅村坦先生よりご恵贈いただきました(梅村先生、あと新免さん、ありがとうございます)。

中央大学は、別に「名前つながり」と言うわけでもないのでしょうが、古くは嶋崎昌嶋田襄平先生そして本書の編者先生方にいたるまで、ほぼ途切れなく中央ユーラシア史(ならびにイスラーム史)の専門家が在職され、世間的には意外かもしれませんが、わが国有数の当分野の「拠点」として、小さからぬ貢献を続けてきました。とりわけ近年は学部ではなく研究所の活動が活発と見え、自前の中央大学出版会から研究所叢書を刊行しており、本書はそのシリーズの最新の出版物(第12巻)と言うことになります。

ここのところ人文学は人気がありません。いや、昔から人文学はマイナーなのですが、近年は特にその傾向が強くなっているような印象を受けます。世間も学生もどちらかといえば直に利益に結びつきそうな社会科学あるいは理系学問(基礎研究を除く)に向かいがちで、人文学はまるで「物好きがやる手慰み」のような扱いを露骨に受ける、そうした風潮が昔よりも顕著な感じが私などはするのですね。たとえば長年人文系の研究を助成してきた某財団は、数年前に社会活動助成の方に大きく舵を切りましたし、悪名高い「首都大学東京」の誕生(東京都立大学の廃学)も同様の風潮が反映されていたのではないかと私は思います(それが「作家」の石原慎太郎の仕業であるというのが頭の痛いところです。作家だからと言って人文学に理解があるわけではないのですねえ…いや作家だからこそ「文学研究」のような学問が許せないのでしょうか)。そうした風潮のなか、こういう人文学ベースの論集を出版できるというのは実は驚くべきことでして、中央大学の人文学の健全性(平たく言って、元気があること)を本書の出版と言う一事をもってしても窺い知ることができるのではないかと思うわけです。中央大学は言うまでも無く法学の名門校ですが、人文学系も素晴らしい。外から勝手なことを言いますが、そういうことを中央大学の学生諸君が知って誇りにしていただけたらなと思います。

つい余談が過ぎました。さて、本書は次のような論文から構成されています。

第一章「アフガニスタン北部、オクサス流派の石灰岩製彫刻の研究」(田辺勝美)
第二章「ナーナク思想形成における中央アジアのインパクト」(保坂俊司)
第三章「新疆におけるスウェーデン伝道団の活動とムスリム住民」(新免康)
第四章「古代帝国に組み入れられる現代国家」(侍建宇)
第五章「パレスチナ・アラブ人によるヘブライ語小説」(細田和江)
第六章「多様化するゾロアスター教徒」(香月法子)
第七章「漢語教育に対するウイグル人の意識」(王瓊)
第八章「現代カシュガルのウイグル人鍛冶職人集団」(梅村坦)

前段でさんざん本書を持ち上げておきながら何ですが、当ブログの扱う「新疆」に関係する3論文について「のみ」(スミマセン)以下に眺めていきたく思います。

まず第三章「新疆におけるスウェーデン伝道団の活動とムスリム住民」(新免康)は、1894年から1938年にかけてカシュガル(新旧両市)、イェンギヒサル、ヤルカンドなどで伝道布教活動を展開していたスウェーデン聖約教団(Svenska missionförbundet)の、当地住民(テュルク系ムスリム、今日のウイグル人)との「接触と具体的な関係性の様相の一端」を検討した論文です。残念ながら紙数の関係で本稿では伝道団の活動の前半(1910年代)までの検討に限定されていますけれども、彼ら伝道団の活動の実態がスウェーデン語による当事者側の史料、東トルコ語、ウイグル語によるムスリム側の史料そして当時同地に駐在していた英国総領事の報告等から詳細に検討されています。構成としては「1.伝道団による拠点の確立と宣教活動」、「2.多様な活動-医療、教育、出版」そして「3.ムスリム社会にとっての伝道団」という3つのパートからなり、伝道団の成り立ちと活動の具体的内容、そして現地社会のリアクションが手際よく示されています。

詳しくはお読みいただきたいのですが、本稿に示された彼らの医療・教育・出版といった多彩な活動のインパクトはウイグル人の20世紀初頭を考える上で看過するわけにはいかぬ、との思いを強くいたした次第です。スウェーデン伝道団については、大谷探検隊やヘディンを始めとする探検家や旅行者の記録によく登場しますし、マカートニー夫人のメモワールにも彼らとの付き合いについての記事があります。彼らの存在は割によく知られてはいましたが、その活動自体に注目した研究は少なくとも日本語では知られておりませんでした。この新免論文はその欠を補う、読み応えのある一文といえるでしょう。

ただ多少勝手なことを言わせていただければ、今回の論文が上述の通りスウェーデン伝道団の活動の「前半」のみを扱ってしまったのはかなり残念です。。やはり活動の前半のみと言うのは半端な感じがありますから、ぜひとも近い将来、その活動の後半もカバーするような形でできれば一書をものしていただければと思います。そしてその際には、初期の伝道団の活動と深いかかわりを有していたエルズルム出身の改宗者Johanness (John) Avetaranian (Muhammad Shükri)にもふれていただきたく思いますし、彼らの出版活動の詳細についてもより突っ込んだ記述を期待致したいです。

第七章「漢語教育に対するウイグル人の意識-教員と大学生に対するHSK、MHKに関してのアンケート調査から」(王瓊)は、今なかなか(少なくとも私個人にとっては)ホットな話題であるウイグル人と「ことば」、特に漢語との関係について実地アンケート調査のデータに基づき検討した論文です。調査はウルムチとカシュガルの学生と教員、研修教員(大半はウイグル人)合計800名余を対象とする筆答式アンケートを実施したもので、このデータは調査時期である2008年夏時点でのウイグル人の言語状況の一端を示すものといえるでしょう。なお、調査項目は、「漢語のレヴェル」、「漢語就学年齢」、「漢語学習年数」、「HSK(漢語水平考試)とMSK(民族漢考<中国少数民族漢語水平考試)の実施状況およびそれに対する評価」、そして「漢語と漢語教育に対する意識」などからなっています。

著者の王さんが示されたアンケート調査の結果とその分析についてはやはり「ネタバレ」になってしまうので(なにしろ本書はいちおう商業出版物ですから)ここでは書きません。しかし、一定のバイアスを覚悟しなければならない(新疆の現状に照らし、アンケート、しかも半ば公式に実施された漢語によるアンケートの回答が十全に信頼の置けるデータであるかどうかは些かの不安があります)この種のアンケート結果をもってしても、ウイグル人と漢語のかかわりの前途はなお厳しいものが看取されるように私には思われました。

第八章「現代カシュガルのウイグル人鍛冶職人集団-歴史的考察への予備作業」(梅村坦)は現代カシュガルでの聞き取り調査と文献の記事に依拠して、カシュガルの鍛冶屋(tömürchi)集団の歴史(「解放」以降)と集団組織(徒弟関係)そして現状のスケッチを試みた論考です。カシュガルの職人社会は「職人街」に象徴されるように、その存在はNHK『シルクロード』をはじめ、通俗的な媒体でもカシュガルを語る際に必ずと言ってよいほど登場します。またフィールド・ワーカーも一定の関心を払い、その仕事やライフスタイルにつき一定の蓄積がありますし、近年はウイグル人自身が職人について記述した著述もいくつか登場しています。つまり一般的にも学術的にもカシュガルの職人は常に注目されてきたわけでして、本稿は、そうしたなかで歴史学研究者が時間軸を念頭に置き、かつ実地調査を踏まえて鍛冶屋のスケッチを試みている点に特徴があるといえるでしょう。

これら3篇のほかに、第四章「古代帝国に組み入れられる現代国家-帝国型国家(Empire-state)と現代中国の国家形態」(侍建宇)は現代中国を長い中国史のコンテクストの中で検討した重厚な論考で、要所要所で新疆に関する言及が散見されることを付言しておきます。

以上、新疆研究という視点からみて本書はなかなか読み応えのある論考が含まれており、オススメできる一書であるといえます。ご関心の向きはどうぞご一読ください。

最後に個人的な存念を申し上げれば、ここにご紹介した3本の論文にそろって拙文が参考文献に挙げられていたのはやや驚きました。新免論文は印刷・出版に関する科研報告書、王論文は言語政策に関するエッセイ、梅村論文は職人祈祷書(リサーラ)に関する研究ノートがそれぞれ引かれていたのですけれども、いずれもまともな学術論文の域になお達していない「開発途上」(流産?)のテーマなのですね。なんだか各著者に異口同音に「しっかりしろよ」と叱られているみたいで、つくづく「ああ~精進しなければ」と些かのプレッシャーを感じてしまった次第です。励みます。


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