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ウルムチの「楽園の時間」

Okiraku
ここに「楽園」がある!

我々日本人が日々の忙しい暮らしの中で「ほっ」とする休息の時間をとるとすれば、それはやはり温泉、特に最近はあちこちに出現している都市近郊型の大型天然温泉などが、絶好の空間として想起されるのではないでしょうか。私の場合、徒歩圏のところにある天然温泉「季の彩(ときのいろどり)」や、よみうりランドに隣接する「丘の湯」はもはや生活に欠かせぬ大切な場所になっています。ストレス満点の日常からしばし解き放たれ、柔らかめの源泉に浸かっていると、明日からまた頑張ろう、という気にもなりますよね。

さて、ウルムチ市民の場合、そういう手軽な「くつろぎ空間」の一つとして、南郊の丘陵地帯があります。こちらはウルムチ市の延安路や団結路を車で登って行き、広大なムスリム墓地を横目に通りすぎてからすぐのところに位置しています。観光名所としての「南山」ほど遠くもなく、気軽にカザフ遊牧地帯の気分がまあ味わえる空間、と言ったらいいでしょうか。市内からは交通事情にもよりますが30分以内でたどり着けます。

ここにあるのは多少の樹木と小川、カザフ人の天幕と屋外に設えられた屋根付きの座敷だけです。漢族であれ、ウイグル人であれ、民族を問わずウルムチ市民はここに車を乗りつけ(あるいはタクシーでやってきて)、そこで果物を食べたり、カザフの乳製品を飲んだり、肉を食べたり、酒を飲んだり、お昼寝をしたりしてゆるーりと時間を過ごすのです。

いちおう言い訳めいたことを書きますと、私は自分の書いたものをこちらの比較的大手の文芸誌(現代ウイグル語)に載せてもらうための打ち合わせのため、その雑誌の編集長さんとそのお仲間と昼食後にそこにやって来たのでした。結果としてその「仕事の話」はそこそこに、馬の乳やら銘酒「伊力特曲」やら西瓜やらメロンを腹に詰め込むことになりました。

食べ物、飲み物についてちょっと書きますと、馬の乳はウルムチ市内でもときおり回族の行商の方が販売しており、彼らの「マー・ナイズー(马奶子)」という掛け声は、私目には「ウルムチの夏」を彩る風物のひとつです。とっても酸っぱいのですが、夏バテ対策にはこれ以上の飲み物はありません(昔、夏バテで悲惨な状況にあった私に、故ハジ・ヌルハジ先生がくださった馬の乳の味は忘れられません)。これを飲み、さらにとびきり美味しい西瓜をいただくと新疆にいる幸せをかみしめることができます。メロンは今年は雨が多かったそうで、味が今ひとつだったのがちょっぴり残念でした。

Foods
新疆の夏といえば果物、そして私的には马奶子(左)

「伊力特曲」は45度あり日本人には強いお酒ですが、こちらでは酒といえばこの種のものを指し、ビールやワインは「女子供の飲み物」(いや、まさか子供は飲まないでしょうが)と見なされがちです。昔は無理やり飲まされ死ぬような目にも遭いましたが、最近は当地のおじさんたちも(遺憾ながらというか歓迎すべき事態というか)軟弱になってきたのか、そうそう無理強いされることもなく、自分のペースで気持よく飲むことができるようになってきています。ホント、かつては「酒が飲めないやつはムスリムじゃない!」とか無茶苦茶な物言いで浴びるほど白酒(アク・ハラク)をあおり、見るからに「ダメな酔っ払い」ばかりだったあのウイグルおやじたちはどこへ行ってしまったのでしょうか。いや、それはひょっとすると、自分と自分の知人友人たちがそれなりに年をとってしまったからなのかもしれません。ああいう無茶苦茶なおやじたちが今では些か懐かしく思われます。

Supah
楽園のお座敷。ごろごろ横になって飲んだり食ったりは日本の「畳文化」にも通じるかも。


閑話中題。この日の顔ぶれは、北京で言語学の大学教授をしているAさんとか、漢語での詩作が高い評価を受けている詩人のDさんとか、古典作品の出版で地味ながら質の高い仕事をしているOさんとか、いわば当代を代表するウイグル知識人たちでして、図らずもそういう方々とウルムチの「ゆるタイム」を共有したわけです。あれこれ飲み食いしながら、爽やかな風が通り抜けていく快適空間で、あの口承文芸の伝承者が亡くなった、とか、この歴史年代記の写本がそこに、というようなマニアックな話題がぽんぽん飛び交うのはまあ痛快です。新疆に帰ってきたんだなあ、という幸せを実感できたひとときでした。

ずいぶん長居したようにも感じたのですが、そこに滞在したのは2時間ちょっと。たっぷりとエネルギーを充電し、皆さんとは握手をして別れました。北京のAさんはこれから直接空港に向かい北京に帰り、他の方々も「大都会」ウルムチ市内の職場に帰り、さらにひと仕事するのだとか。この「くつろぎ時間」は、彼らにとってはありふれた日常の休息時間なのでしょう。ウルムチなりの「楽園の時間」を垣間見たような体験でありました。

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