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国際学術会議「イラン・インド・中央アジア写本の伝統における読み手と書き手」(パリ第3大学)

Colloque international
Lecteurs et copistes dans les traditions manuscrites iraniennes, indiennes et centrasiatiques
Université Sorbonne nouvelle Paris 3, 13 rue Santeuil, 75005 Paris
Salle Las Vergnas (3e étage)
15 - 17 juin 2010

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6月の15日から17日の3日間、パリ第三大学を会場とする標記学会に参加してきました。私は厳密には最近は「写本」というよりは「手書き文書」、とりわけ時代的に新しいものを読んでいます。ですので最初にお誘いを受けたときには、ちょっとためらいを感じないでもなかったのですが、久しぶりにパリ、しかも6月のパリに行くのも悪くないなあという(いつもの)ヨコシマな心持ちと、じっさい「写本」の世界が嫌いではない、そういう業界の方々にお目にかかるのも一興ではないかとの思いから、ついに参加することにした次第です。
(注:なお、開催アナウンスの際は「写本」とのみ書かれていた趣意書の文面は、実際に会議が開催され会場で配布された「要旨」では「写本及び文書」と変更されていました。これはおそらく文書研究に関する報告をおこなう日本人研究者、私と近藤信彰さん(AA研)への主催者側の配慮でしょう。)

会議HP

会議は2日半にわたり、合計25の報告が行われると言う強行軍でした。私は最終日の最後のセッションで、19~20世紀の新疆で取り結ばれた不動産関連文書の「規範」(文書書式集の内容)と実態の関係の問題につき拙い発表をさせていただきました。私自身の報告は大変恥ずかしいもので、いずれ出版される論集の方でせいぜいきばりたい、という程度の出来でした。冗談もそれほどウケなかったし。反省。

当会議のオーガナイザーは一人が中央アジア史研究者のマリア・シュッペ先生、もう一人がインド文献学の研究者という組み合わせで、ペーパーも基本的にはイスラーム化以後のペルシャ・チュルク語(写本)文献をあつかったものか、仏典あるいはそれ以前の(超)古典語を扱ったものに見事に分かれ、果たして同じ会場で(しかも会場はきわめて狭かった!)開催することにどれほど意味があるのか、という疑問は最後まで残りました。つまり、両者の関心をお互いに引くような工夫、そういう方向への報告者に対するガイドラインとか、チェアの誘導が大切になってくると思うのですが、理解した範囲ではそういう配慮はなかったように思われます。会議はそういうわけで始終まとまりのないまま進行したという印象がありました。

さらに困ったのは実際の会議の進め方で、英語とフランス語を会議で使用する言語と決めておきながら、旧知の研究者であるカザフスタンのムミノフ博士の報告の際に、たぶん親切からでしょうが、チェアーが博士への質問をすべてロシア語とフランス語でさばいてしまったことです(ちなみに博士の報告は英語で行われました)。ムミノフ博士の報告はカザフスタンで一時的に使用された変形アラビア文字(同様の文字が1930年代に新疆に移植され、現在に至っている)が一部の宗教機関で比較的最近まで使用されていた事例に関するものでして、議論がいちいち理解できなかったのはかなり残念。自分の語学力のなさを痛感した次第です。

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とはいえ、フランスを中心とする各国の研究者とお会いすることができたのは幸いでしたし、共同による研究上の新しい取り組み(たとえば、新しい国際会議や研究書の企画)や、自分の研究に資する情報や便宜(自分の論文の発表媒体とか、新しい史料の入手など)がいくつか得られたのは大変幸いでした。やはり研究はひきこもってこつこつやるだけではダメで、有為な人との付き合いの中で様々な可能性が開けてくるものなのだなあ、と実感した次第です。最近は子育てを口実にして(実際泣きたいほど忙しいのですが)あまり国内の研究会などには行けていないのですが、襟を正さなくてはとつくづく思います。

ところで
今回の会議は開催国がフランスということもあり、とにかくよく「食わされ飲まされる」会議でした。会議の開催前からプログラムと一緒に昼食3回とディナー1回、そしてカクテル・パーティ(すべて主催者の招待)の案内がアナウンスされ、カクテル・パーティを大学のカフェテリアで開催した他は、すべて外のカフェやレストランでの食事でした。とりわけ、ディナー会場であったオデオン広場至近の書斎をイメージしたレストランCafe Les Editeurs、そして最後の打ち上げのランチ会場となったパリ・グランモスク付設のレストランは大変印象的でした。クスクスを主体とするアフリカ系のおいしい料理をいただきながら、小鳥が縦横に店内と緑豊かなテラスを飛び回る雰囲気は、パリと言う街に対する印象を改めるのに十分でした。
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