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伝統的教学とワクフ

今日はAA研でCNRSのマリア・シュッペ先生のレクチャーがあり、門前の小僧のつもりで末席に連なり拝聴させていただきました。本日のレクチャー題目は "Madrasa founding in Early Khiva Khanate: the vaqf-nama of Fazel Bey Qonghrat, 1214/1799-1800".で、ヒヴァの学校ワクフのお話でした。

私の英語聴解能力はかなりお粗末なものなので、十全にお話を理解できたとは思いません。ただ学校に対するワクフ(あるいは学校自体がワクフ?)の文書は、なかなか情報量が多く、おおいに興味を覚えたことだけは申し上げておきたく思います。

施設としてのロケーションもさることながら、当然その学校のスタッフ(管財人やらイマームやら、はては掃除人、面白いところでは床屋さん(sar-tarrash)まで)、そして「教科」まで文書には記されているのですねえ。今更ながら、ワクフ文書はワクフ設定(ドネイション)行為そのもののみならず、ワクフ物件につき多くのことを教えてくれるのだなと思い至った次第です。

たとえば文書の記事では学校のスタッフの数や学生数が具体的に提示されています。その人数が思いのほか少なかったのにはいささか驚きました。ある学校(複数ある学校のうち一つ)の場合はスタッフ11人に対し学生22人とか。学生数が多いところでも75人程度なんですね。シュッペ先生は外国人の旅行記などでは学生数はずいぶん多めに見積もられているけれども、それは一時的な訪問者を数えるとか、建物のドミトリーの規模から適当に算定したからではないかと仰せでしたが、なるほどねえ、いやはや勉強になりました。

新疆にも当然ながら各地にマドラサやマクタブがあったわけですが、その実情は実のところ「さっぱりわからない」というのが現状です。外部者の観察だけでは何とも言えない、やはり文書のような根本的な証拠をつかまないことには伝統的な教学の実態というものは分からないでしょう。でも、そういう文書がなかなか出てこないのですね。

せっかくなので↓写真を一つ。
新疆コムル(ハミ)に現存する新旧マドラサのうち新マドラサです。
Qumul_ymdrs
本日の疑問。ちょっと覚えまでに:
さてワクフを設定したとして、そこには当然先にふれたとおり管財人をはじめとするスタッフが叙任され、ついで彼らの俸給といいますか、そのワクフの収益の分配率もそこで取り決められるはずなのですが、その分配率に関して中央アジアでは何らかの「基準」はあったのでしょうか。EIの"waqf"の項(中央アジア部分はかのマクチェスニー教授執筆)では確か管財人は10%("one-tenth")を取得するというようなことが書いてありましたけれども、その論拠が示されていなかったように記憶します。これ、どなたかかっちりしたことを言えるでしょうか。

ちなみに19世紀新疆(カシュガル)の事例では、複数のワクフ地において管財人の取り分は確かに10%(総10sahamのうち1saham)と取り決められておりました。たぶん、慣行としてそういうことがあったんだと思うのですけれども、何に拠ったらよいものやら(まあ、どうでもいい疑問かもしれませんが)。

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