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2008年度内陸アジア史学会大会

息子の世話を妻にお願いして行ってまいりました。久々の遠出(といっても都内)に身も心もうきうきです。天気はあまりよろしくなく、寒い土曜日ではありましたが。

プログラムは次の通り。

(1)研究発表
木村暁(日本学術振興会)「ムッラー・カマールッディーンの弁明書―その史料的性格と可能性について―」
青木雅浩(早稲田大学)「1923年のモンゴル・ソ連間の交渉について」
(2)公開講演
石見清裕(早稲田大学)「漢文墓誌より見た唐代中国のソグド人」
濱田正美(京都大学)「「中央アジアのイスラーム」再考―その「特殊性」について―」
(3)総会

これらの中で木村さん、濱田先生のお話について一言二言。

木村さんの発表は(私は遅刻してしまい、最初から拝聴することができなかったのですが)ロシアの中央アジア侵攻前後にサマルカンド地方にあったムフティ(およびカーディ)、カマールッディーンの「弁明書」と呼ばれる著作を扱ったものでした。19世紀中央アジアに生じた「ロシア帝国への編入」という新体制のもとで、ロシア当局との信頼関係を築くために著された回顧録、という史料の性格にまず個人的に大変興味を惹かれました。

カマールディーンなる人物は(どうやら解任されたカーディ職に復帰するため)、その著作の中でカーディの職務に関するこまごましたことまで詳細に「弁明」しています。それは当時のイスラーム法に基づく法制度の実態を窺い知るうえで疑いなく有益な情報であり、木村さんの指摘するように、アルヒーフ史料や各種公刊史料の記事と組み合わせることにより多くの歴史的事実を明らかにできる可能性を有しています。こういう史料を発掘し、詳細にかつ手堅く史実の究明への道筋をつけた木村氏の努力には本当に頭が下がります。と同時に速やかにペーパーの形でこの成果を読みたく思った次第です。


濱田先生の公開講演はご近著の『中央アジアのイスラーム』に関連したお話。大変高次元の難しいお話で、私を含め聴衆が先生のお話についていけたかどうか。私自身十全にお話を理解できたかどうかはなはだ不安なのですが、それでも結果としては大変感銘を受けたお話であったことをここに告白しておきたく思います。

濱田先生のお話は、人類の普遍的宗教現象の一部としてイスラームをとらえ、またより大きな視点から聖者伝を見ていこうというようなお話ではなかったかと私には思われました。個別具体的な話もそれぞれ興味深いものでしたが、マルク・ブロックの「(聖人伝は見方によっては)過去自体がわれわれに知らせてもよいと思った以上のことを知ることができる」そしてパトリック・ギアリの「聖人伝テクストは聖人の生涯や、その社会、ましてその時代の精神をのぞく透明な窓ではない」という言葉を引かれ、聖者伝がどのような形で学問に貢献できるのかお話になったのだと思いますが、ご指摘の一つ一つは鈍感な私にすら十分に響くものでした(いや、勝手な誤解かもしれませんが)。

一般に聖者伝は歴史の再構成という普通の歴史研究に史料として使うにはいささか無理がある代物です。しかし目を一度「書かれたもの」から「書かれなかったもの」へ、あるいはその聖者伝を育んできた長い時間の中での「知の連鎖」の問題に転じた場合、聖者伝はまた別の価値をもってくるように思われます。それはこまかな歴史事実の発掘などということではなく、「聖者伝」という乗り物に託して、人が何を大切にしてきたのか、何を未来に伝えていこうとしていたのかという、人の意識の歴史の探究ということになるでしょうか。あまりこなれた言い方はできませんが、こうした視点からの研究は、中央アジアあるいは歴史学という枠にとらわれない、より普遍的な人間のための学問へとつながっていくものなのでしょう。

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