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ジョージタウンでの何気ない会話から

先月の学会こぼれ話(なぜかここは「ある」「である」調で)。

今回のCESS年次大会は、開催校Georgetown大学の畏友である米華健教授の趣味?が反映された結果であろうか。2日目のレセプションは、屋外にテントを張って、同大学の中央アジア協会会員によるウイグル・ダンスとNY在住のウイグル人楽師の演奏を鑑賞しながら楽しいひと時を過ごすこととなった。踊りも音楽も素晴らしかったが、中央ユーラシア学会をウイグル文化が「席巻」したようにも思われ、実に印象深かった。

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さて、そこで2年ぶりにハーヴァード大学の院生であるT君と再会し、彼が最近注目している新疆の一連の聖者伝について四方山話を楽しんだ。この2年間に欧州と中央アジアで様々な写本を閲覧し、現存する写本からこのテーマについての彼なりの見取り図をかっちりと構築している様子が見て取れ、大変心強さを覚えたというようなことはすでに述べたが、ここで書いておきたいのはその何気ない会話の一部である。

彼の所属するハーヴァード大学にはかつてJ.フレッチャーという高名な中央アジア史~中国イスラーム史の専門家があった。フレッチャーの業績として比較的閲覧しやすいものとしてはたとえば『ケンブリッジ中国史』の清代後期の巻の内陸アジア史に関する部分であるとか、フェアバンク編になるThe Chinese World Order(1966)に掲載された"China and Central Asia, 1368-1884."などがあり、他にも多数中央アジア、中国回民に関する研究がある。私は個人的に(面識はもちろんないのであるけれども)卓越した語学力を駆使して新疆史のレヴェルを大いに引き上げた功労者といったイメージを持っている(こう書くと学者としての彼を矮小化してしまうような気がするけれども)。フレッチャーは優れた研究者であったが、大変残念なことに1984年にまだまだ働き盛りの50歳で亡くなった。彼の死によって彼が進めていたいくつかの研究は未完に終わったのである。

問題はその「未完の研究」である。我々に直接関係しそうな研究としてフレッチャーはカーシュガル・ホージャ家に関する研究を生前進めていて、その遺稿はハーヴァードのアーカイヴに収められている(no.96-3200. HUG(B)F520.30 Box #2)。このことはかなり早くから知られていて、ハーヴァードを訪問したS先生とか最後の弟子にあたるK先生などが90年代に言及されていたように記憶する。具体的な内容はすっかり忘れてしまったのだけれども、新疆におけるホージャの活動がかなり詳しく研究されていて、それが完成、公開されれば新疆史研究に少なからぬ貢献となるだろうというようなお話であった。フレッチャーの死から20年以上が経過した今日、当該テーマをめぐる史料状況は北京のアーカイヴの利用や中央アジアの写本利用などかなり様変わりした。しかし依然として新疆(~アルティ・シャフル)のホージャの活動全般について目配りをした研究は、フレッチャーレヴェルの史料を渉猟し得たものとしては出ていないのである。フレッチャーの遺稿はある意味不気味な存在であり、心ある研究者はフレッチャーの影におびえつつそのテーマに取り組むことを躊躇しているようにも見える。

そういったわけだから、どうせならハーヴァードの学生(やかつてのフレッチャーの弟子)がそれを完成させたらどうだろう、とかねて私(いや、私だけではないだろう)は思っていたのであった。話ついでにT君にそれとなく水を向けるとT君はいくぶん悔しそうに「そうしたいのはやまやまなんだけど、結構大変なんですよ」と答えた。彼によればそれを実現するには2つ問題があるそうで、ひとつは遺稿が大学のアーカイヴのコレクションに入っており、閲覧利用がかなり制限されているという制度上の問題、そしてもう一つは-それが一番難しい問題なのであるが-フレッチャーの遺稿に記された記事内容にはなお検証を必要とする問題が山ほどあるということである。フレッチャーの遺稿には随所に「え、本当?」というような魅力的な「歴史事実」がちりばめられてあり、その多くには注が付されていない。つまりフレッチャーの頭の中では何らかの典拠が意識されてそういった記述が紡ぎだされていったに相違ないのであるが、(何たること!)フレッチャー亡き今となってはそれを知る術がないということである。

故フレッチャーが遺稿で示した「歴史事実」はどの史料のどこから導き出されたものなのか-? これは厳密には違うかもしれないが、過去の学者が示した「予想」を後世の学者が証明するという数学の世界の魅力的な営為に似ていなくもない(最近の事例としてはたとえばこれ)。そう思ってT君に「まるで数学みたいだね」と申し上げたらT君も「本当にそうだ」とくすりと笑った。たしかに、独力でその「諸問題」をすべて克服してフレッチャーの研究を完成させるのは難事だろう。とくに他にいろいろ自分でやりたいテーマがある場合はなおさらだ。ではせめてその遺稿だけでもファクシミリの形で公刊できないものだろうか? このままフレッチャーの仕事を埋もれさせることなく、示された「宿題」を共有して皆で考えられるような状況を作り出せたらどんなに面白いだろう。--そんなことを語り合って暮れたジョージタウンの夕べであった。

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