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ドナルド・キーン『私と20世紀のクロニクル』

ドナルド・キーン著 角地幸男訳『私と20世紀のクロニクル』(東京:中央公論社、2007年)331頁

スーパーでのお買い物ついでに立ち寄ったくまざわ書店で購入。たしか出版直後に新聞の新刊紹介が出ていて、そのときにはそれほど気にも留めなかったのですが、店頭で読み始めたらやめられなくなったのでついつい購入してしまいました。

この本はたぶん広く知られているので、具体的な内容についてあれこれ書くことは控えますが、第二次世界大戦のころの米国の語学将校としての氏の体験のくだりは、やはり英国で同様の体験をした人々の体験をまとめた大庭定男の『戦中ロンドン日本語学校』(中公新書1988年)と通じるところがあり私としてはなかなか興味深く感じられた部分です。戦争という一種の極限状況で格闘したのが日本兵(もっとも、近代戦では白兵戦でもないかぎり敵兵を生身の人間として認識するような戦い方はありえないのですが)ではなく日本軍からの捕獲文書や兵士の日記-つまり「日本語」であったこと、そうした体験を経て人生の大半を日本および日本人との関わりの中で送ったこと、そうした人生の歩みについて語った著者キーン氏のことばはなにか心に響くものがあります。

面白いな、この人は正直だな、と感じたこととしては、あれほど日本と日本文化に造詣の深い文化人であるキーン氏が日本の音楽や食べ物について格別の愛情をもっているわけではない、あるいはその真価をわかっているわけではないと告白している点があります。日本の古典音楽をそれなりに楽しむことはある。しかしクラシック(西洋)音楽のような感動を得ることはない。また朝食はクロワッサンとコーヒーが好みで、味噌汁を(時にはおいしく感じはするけれども)毎朝飲みたいとは思わないーと。こういうことを分からない人は少なくないのですね。私も世界の特定のある地域にそれなりの思い入れがあって専門的に研究などしておりますが、別にその人々と一体化したいとか、どこまでも感覚を共有したいとかは(すまないのですが)まったく思いません。朝は味噌汁のある朝食がいいし、民族音楽よりは日本で普通に聴く音楽のほうが感動をおぼえるのです。

ちなみに私はこの本を息子を胸の上に乗せ昼寝をさせながら読みました。それはおかげさまでとても幸福な時間でした。  

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